身体をつないで

溺れるのを

ためらった

 

 

 

「・・こんなとこまで来て、何の用かと思えば。」

「俺がお前に会いに来る理由なんて、たかがしれてんだろ。」

「ひとつしか思いつかないよ。」

「ひとつしかねぇよ。」

 

あたりは夕暮れさえも飲み込んで。

少し冷めるような風の温度が、あまりにも不似合いに感じた。

 

「・・よくないよ、こうゆうの。」

「それは、行為が?それとも場所が?」

 

跡部はその、うす暗闇の中でさえ色を出す佐伯の髪にキスをして

そのまま、壁に押し付けた。

 

「嫌なら、逃げろよ。」

「逃げてもいいのかな?」

「逃げる気、ないくせに。」

 

『相変わらずだな』

と返そうとした言葉は唇でさえぎられた。

お互いの熱を奪い合うように、激しく。

 

「・・でも、やっぱり・・」

佐伯は少し離した唇から、息をついた。

「場所を変えよう。」

その部屋は普段から使い慣れてる部室で、そこに他校の制服がこんなにも似つかわしくないものかと、少し笑ってしまう。

「今更。」

跡部は口元に浮かべた笑みをそのままにして、佐伯の首すじに唇をはわせた。

「誰か・・来るかもしれない。」

「こんな時間に、誰もこねぇだろ。」

「でも・・・」

「それに。」

鎖骨に歯をあてて、低く笑った。

 

「お前はこうゆう場所の方が、よく濡れる。」

 

強引にズボンに手を差し入れた。

 

「あっ・・」

「ほら、濡れてる。」

 

佐伯はくずれそうになる身体を必死にささえた。

 

「背徳であれば、あるほど、感じるんだろ?」

「違・・・」

「違わない。」

 

跡部の視線が佐伯の視線と交差する。

多分、この視線に抗えるものなど、いないような気がした。

 

佐伯を立たせたまま、彼の欲をからめとるように、それに口づけた。

 

「ん・・あ・・・」

背中を走る感覚で膝をつきそうなる。

「立ってろよ、舐めて欲しいんだったらな。」

跡部の舌がゆっくりと動くのがわかる。

そのたびに、身体が自分のものではないような感覚がめぐった。

 

淫靡な音だけが静かなその部屋に響いて。

それがやけに耳について、目を固くつぶった。

 

「佐伯・・・」

下から、彼を見上げる視線。

「ちゃんと、見てろ。」

「っ・・・」

「お前の身体は、こうされて喜んでる。」

奥までくわえられて、たまらず跡部の髪をつかんだ。

「あっ・・ん・・跡部・・」

執拗にその部分だけを攻め立てられて、限界が近いのがわかる。

「もう・・っ。」

「まだ、早いだろ?」

跡部は意地悪そうに言った。

わざとじらすように、何度も限界に達そうとしては動きをやめる。

「・・あ・・っ。」

空いてるほうの指を、佐伯の後ろにのばす。

彼の体液で濡れた指はスムーズに侵入した。

「んっ・・!」

ふいに、前と後ろの強烈な感覚に意識が飛びそうになる。

「・・も・・無理・・」

跡部は楽しそうに笑って、後ろの指をぐっと折り曲げた。

「ココだろ?お前のイイトコロは。」

「あっ、あ。」

全身が痙攣して、熱を放った。

「はぁ・・っ・・はぁ・・」

息も絶え絶えに、その場に崩れる。

彼の出された熱を飲み込んで、跡部は口付けた。

ねっとりとした粘液が口の中で混ざり合うのがわかった。

「てめぇの味だ。」

口の端から雫が落ちた。

「ん・・・」

佐伯は目をそらす。

跡部はそれを執拗に追った。

「お前がこうされるのを望んでるんだ。」

そう言われて、返す言葉さえ見失った。

最初から、そんな言葉すら知らなかったかのように。

気づかないふりをしたかった。

「目をそらしただけで、見えなくなるんなら苦労はしねぇよなぁ。」

佐伯の髪にふれる。

そして耳元でささやいた。

「俺は別に無理強いしてるつもりもない・・」

その耳に舌をはわせて。

「反応するお前の身体が悪い。」

軽く噛んだ。

 

否定できない、身体を呪ったときもあったけれど。

それ以上に。

求める身体が疎ましかった。

 

「で、次はどうすればいいか、もうわかるんだろ?」

佐伯は震えるような手で、跡部のズボンのチャックを下ろす。

それが当たり前のようになるほど。

二人は身体を重ねていた。

 

「ん・・ぐ・・」

頭をつかまれ、喉の深くまであてられる。

嗚咽が出そうになるのを必死でこらえた。

「テニスは上手くても、こっちのほうは全然上達しねぇな。」

佐伯は今度はわざと跡部に視線をあわせた。

それはささやかな反抗でもあるかのように。

「そうゆう表情も悪くない。」

笑みだけが脳裏に焼きついた。

「んっ・・ん・・」

目が涙目になるのがわかる。

それでも逆らえない。

それを欲のせいだと思えれば楽になれたのに。

 

 

 

その部屋だけ暗闇が覆っていたように見えた。

それは小走りだった自分の足を止めるかのように。

「・・・・誰かいるのか?」

天根はふと、暗くなっているその部屋が気になった。

練習が終わって、一度は帰宅したものの明日提出のノートを忘れたことに気づいて、教室に取りに戻った帰り。

いつもは見慣れている、その少し年季の入った部室が妙に気になった。

「サエさんかな?」

よく、ひとりで残って練習する姿を見かけていたから、直感でそう思った。

そのまま、帰ればよかったと、後で思えばそう感じるのかもしれない。

それでもその時は、まるで引き寄せられるかのように、その部屋に近づいてしまった。

誰か練習中にぶつけたボールの跡が残るガラスから、ふいに部屋の様子を覗く。

 

「・・サエさん?」

その時はまだ暗闇に慣れていない目は、佐伯しか写さなかった。

声をかけようとドアに回ろうとした瞬間。

その目は、また別のものを写した。

 

言葉を飲み込んだ。

眼前に広がる光景は、あまりにも非現実的。

見慣れた顔と、見たことのある顔。

「・・跡部・・?」

確信はあったけれど、疑問にしたかった。

それは彼が抱く感情がそうさせた。

 

二人の声が、嫌とゆうほど耳に入った。

 

 

「どうして欲しい?」

跡部は首を上げさせ、佐伯を促した。

「・・・っ・・・あ・・」

「どうして欲しいか言ってみろよ、その口で。」

唾液で濡れた唇をぬぐう。

「・・跡部・・・っ・・」

言おうにも言葉が出てこない。

それを、溢れ出た涙のせいにした。

「言っただろ?無理強いしてるつもりはないってな。」

佐伯の腕を引っ張り顔を近づけた。

「その、綺麗な顔で言ってみろよ、『いれてください』って。」

涙で彼の顔はよく見えない。

唇をきゅっと噛んで、耐えていたかったけれど、それが無理なことぐらい

十分わかっていた。

「・・入れて・・・欲しい。」

その声はまるで消え入りそうな声で。

跡部はやさしく、髪をなでた。

「お前はほんと、従順だよ。」

床に彼の身体を倒して、そのまま犯した。

一瞬、痛みが走るけれど、それが快感になるとゆうことがわかる自分が嫌だった。

「あっ、跡部っ・・・」

「いつになく、締め付けるのは場所のせいか?」

「違う・・っ・・」

「違わないといっただろ?」

 

 

 

見慣れているものが、まったく別のもののように感じた。

乱雑に置かれたテーブルも使い古されたロッカーも。

何もかもが違う次元のような感じで。

まるで自分が異質なものになったかのような感じさえ覚えた。

 

天根は動けない身体を必死で抱いた。

自分の肩に跡がつくほど。

「・・サエさん、どうして・・」

この場から去りたいのに。

むしろ、誰の目も届かない場所にいけたら。

この光景を嘘だと思える場所にいけたなら。

楽になれるかもしれないのに。

 

聞きなれた声が甘く。

ふさいだ耳にもわざと届くように。

それを止めることも

この場から逃げることも

できずに。

 

甘く果てる声さえも、

その闇が飲み込んで。

 

 

 

 

 

「・・・真っ暗になったね。」

もう、結構近くにいないとお互いの顔さえ確認できない。

それが佐伯には幸いした。

後の顔は見られたくないから。

「一人で帰れるのか?」

先に身支度をすませた跡部が笑った。

「君じゃないよ。」

佐伯もやっといつものように笑えた。

跡部は床からけだるそうに立ち上がり、振り返りもせずにドアの前にたつ。

「ねぇ・・跡部・・」

「なんだよ。」

「本当に、ここに来た理由はするためだけかい?」

「・・他に、理由なんざねぇと言っただろ?」

跡部はやはり振り返りもせずに。

「そうだね・・よかった。」

佐伯も手を伸ばすことさえしなかった。

 

 

そのまま外に出て大きく息をついた。

暗くなった光景に、東京とは違う星の明かりがまぶしく感じた。

しばらく歩いて立ち止まる。

「覗きなんて、あんまりいい趣味だとはいえねぇなぁ。」

木にもたれる、影に言葉を投げた。

「跡部・・・」

「嫌われるぜ、お前の大好きな『サエさん』に。」

天根は勢いで跡部につかみかかる。

それさえ、動じない余裕の笑み。

「・・俺を殴るか?」

「お前を殺したい。」

「こうゆうのは先に手をつけたもんが勝ちだろ。」

跡部を突き放す。

「・・なんで、サエさんにあんなこと・・っ。」

「聞こえてなかったのか?無理強いはしてねぇって。」

「遊びで、あの人に触るなっ。」

今度は跡部が天根に詰め寄った。

間近にある、彼の気迫に押されそうになる。

「遊びじゃなかったら、どうする?」

その目からそらせない。

その言葉の真意すらつかめない。

跡部はいつものように笑って、横を通り過ぎた。

その背中を追う事も、きっと殴ることも。

できはしないのだ。

 

 

 

残された部屋に温度はとても寒く感じた。

身震いをして乱雑に置かれたシャツを手探りでつかむ。

立ち上がろうにも、足がゆうことをきかず。

先ほどの光景さえ、蘇る。

 

ぼんやりと暗闇を見つめた。

こうなった責任の所在を、誰のせいにもできないことを確認した。

 

ふとドアのノブがまわる。

彼が忘れものでもしたのかと、振り返った。

 

「・・・ダビデ・・・」

驚いた。

一瞬にして現実に引き戻されるような感覚におびえた。

「サエさん・・・どうして。」

天根は動揺する佐伯を床にねじふせた。

「・・お前・・・」

「どうして、跡部と・・・」

その言葉と表情ですべてを知られたと悟る。

逃げることもかなわない、強い力。

「なんでっ。」

悲痛な声に耳をふさぎたかった。

彼の感情に気づかない振りをしてきたつけが回ってきたのだと。

 

その力のまま強引に唇を合わせた。

突然で息をつく暇さえあたえられないほどに、強く。

「・・・ダビ・・・デ・・・っ。」

足に力が入らず、逃げ出せない。

これを受け入れることは罪なのだと思っていても。

 

「サエさん・・どうして俺じゃないの・・」

熱でかき消されそうな声で彼の名前を呼んだ。

返されない言葉にも苛立ちが募った。

 

そして、強引に、その熱のまま強引に犯した。

 

「・・いたっ・・あ・・」

先ほどとは違う痛みに身体が拒絶する。

押し戻そうとする力が強いほど、引き込まれる力もまた増していく。

「やめ・・っ。」

「あいつはよくても、俺はだめ?」

その声に彼が重なる。

「ねぇ、サエさん。」

何度も突かれて、さっき出された彼の熱があふれ出すのがわかった。

それが背徳に拍車をかける。

 

身体を抜ける痛みよりも、違う痛みが二人を支配した。

 

「・・・サエさん、好きだ・・」

荒くなる息の中で、聞き逃してしまいそうになるほどの声で。

「あいつよりも、好きだよ。」

伏せていた目を開けると、間近に見慣れた顔。

それは今までにみたことないほどの、真剣なまなざしで。

目を合わせることすら、拒んでしまうほど。

 

「・・ん・・あっ・・」

思わず引いた腰をつかまれ、深く侵入する。

「逃げないで、お願いだから。」

優しい言葉に救われることも、今はない。

むしろ、その声に責められているような気がした。

 

揺さぶられる身体を耐えるように、天根の背中に腕を回す。

「サエさん・・っ・・・」

きつく。

繋ぎ止めるように、抱きしめた。

 

 

 

 

「・・・ダビデ・・・」

そう呼びなれた名前をいつものように呼んだつもりだった。

いつものように。

それが今の二人には一番、酷なのかもしれないけれど。

 

「ごめん・・」

そう誤ったのは佐伯の方で。

天根は佐伯の肩をつかんだ。

「なんで、あやまるんだよっ。俺が、俺のほうが・・・」

「いいんだ、俺が悪いから。」

「違うっ。」

まるで、子供のように天根の頬を涙がつたった。

「・・サエさんは・・悪くないじゃないか・・・」

震えるその声で。

「お前は悪くないよ、何もかも俺が望んだことだから。」

「あいつが好きなの?」

「・・好きじゃないよ。」

「だったら、なんで。」

「好きにならないように、してるんだから。」

佐伯は優しく天根の頭をなでた。

「そんなの、俺にはわからない・・」

「わからなくていいよ。」

子供をあやすような口調。

「俺はお前が好きだよ。」

それもいつもとかわらない口調で。

「・・・なんだよ、それ・・・」

天根は自分よりも泣きそうな顔をしている彼を

ただ、抱きしめることしかできない自分を責めた。

 

 

溺れていく身体を

つないで

すべてが泡になればと

願った

 

「溺 愛」

END

後書き