その花は
まるで
泣くように
散る
『桜を見に行こう』
そう、唐突に誘われた日はあいにくの大雨だった。
不機嫌そうにしてる彼を、なだめる手段は出し尽くした。
「雨、やまないねぇ。」
「何度目だ、その言葉。」
「だってさー。」
「明日の夕方まで雨だって、天気予報で言ってた。」
「その言葉も何度目だろうね。」
「てめぇに合わせてやってんだろうが。」
「やさしいなぁ、跡部くん。」
眉間にしわを深く刻んでいる彼の頬に顔を近づけた。
「うっとおしい。」
「恋人に対しての言葉じゃない。」
「誰が、恋人だ、誰が。」
「あれ?違ったっけ?」
頬によせた顔を滑らせ、そのまま唇にキスをした。
「キスしても逃げないんだから、恋人でしょ。」
もう一度と思ったら、次はふいと避けられた。
「じゃれるな。」
「ケチ。」
大きな窓にはたくさんの横なぶりの雨粒が、途切れることなく叩きつけている。
「ま、雨のおかげで跡部くんちに御呼ばれしちゃったし、結果オーライかな。」
「仕方ねぇだろ、あのままずぶぬれで風邪でも引かれたら・・」
「心配する?」
「後々、しつこく言われそうだからな。」
「ひどいなぁ・・俺、そんなにねちっこくないよ。」
「どうだか。」
「ねちっこいのは、エッチだけだよ?」
跡部はふいと顔を背けて、窓を見た。
「しらねーよ。」
「知ってるくせに。」
「忘れた。」
「便利な、脳みそだね。」
「ああ、おかげさまでな。」
千石は窓に近づき、曇ったガラスに手をあてた。
「桜、散るね。」
「そうだな。」
「せっかく、跡部くんとお花見できるとおもったのになぁ。」
「・・・そのうち、できるだろ、花見なんて。」
「来年・・?そんなのわからないじゃないか。」
曇りガラスに手形がついた。
そこにどこから飛んできたのか、桜の花びらが張り付いて。
「僕らは、来年、何をしてるのか、どこにいるのかさえわからないよ。」
張り付いた花びらが雫とともに、落ちた。
「君は僕のことなんか、忘れて、違う人と桜を見てるかもしれない。」
「お前もな。」
「僕は、忘れないよ。」
もう一度近寄って、頬に触れた。
「こんな綺麗な花は見たことなかったからね。」
その手を乱暴に払いのけて。
「女をくどくような言葉、使ってんじゃねーよ。」
「そう?桜を見てると、君を思い出すよ・・艶やかに咲き、儚く散る桜みたいだってね。」
「勝手に、散らすな。」
「・・跡部くんさぁ、気づいてた?」
「あぁ?」
笑いながらその泣きホクロに指をずらす。
「セックスしてるとき、君、泣いてるんだよ?」
眉間のしわがさらに、きつくなったのがわかる。
「この雨で散る桜みたいに、君は泣きながら散るんだ。」
その笑顔がいつもどおりで、ゾッとした。
「馬鹿か、お前は。」
あえて、冷静に跳ね除けた。
「そうだねぇ、多分、かなりの大馬鹿だよ。」
「だろうな。」
「君に溺れてる。」
「はっ、嘘くさい。」
「ほんとだよ。」
「どうだかな。」
「願わくば、君を散らせるのが俺だけでありますように。」
近づけた唇を、避けられようとしたけれど
強引に、まるで噛み付くように押し付けた。
窓の外は、まるでやむことを知らないような大雨で。
見るも無残に散っていく桜は
甘い匂いだけを残して
甘い傷だけをつけて
その涙にすら
溺れた。
「雨桜」
END
→後書き