その空にさえ

嫉妬した

 

 

『遠くに行こう』

 

そう言って、反対の路線の電車に飛び乗った。

強引に掴んだ、手首は折れそうなほど

華奢だと、長い付き合いなのに思ってしまった。

 

「・・まったく・・・」

佐伯は誰も座っていない長いすに座り、ため息を落とした。

「ごめんね。」

天根は少し間をあかして隣に座る。

「あやまるくらいなら、こうゆうことしちゃ、だめ。」

「うん。」

「反省してる?」

「してます。」

天根の顔を覗き込んだ佐伯の髪がゆれた。

そして、いつものように笑った。

「次の駅で降りる?」

天根がその髪にふれながら、言った。

彼は少しくすぐったそうな顔をしながら、もう一度笑った。

「降りたいの?」

「そうゆうわけじゃないけど・・」

「どうせ、学校には間に合わないよ。」

「うん。」

 

学校とは反対路線のその電車は、他の車両にもまばらに人がいる程度で

時間がゆっくりと流れているような気がした。

 

「なんか、見慣れない風景。」

窓にゆれる景色をものめずらしそうに眺める。

そんな佐伯の無邪気な姿に、少し罪悪感さえ感じた。

「ダビデ・・・どうしたの?」

「サエさん・・」

「何?」

「聞かないの?」

「何を?」

「無理矢理、こうやって連れ出した理由。」

 

いつも自分のわがままを笑いながら許してくれる人だから。

 

「・・・・聞いて欲しい?」

「・・・わかんない。」

 

うつむいている天根の頭にやさしく手を置いた。

 

「俺たちが二人で遠くに行くのに、理由なんていらないだろ?」

 

どうしてこの人は。

 

望むべき答えは、ゆるやかに心をえぐるような気がした。

 

 

 

「そんなに遠くに来てないのに、なんだか知らない土地みたいだ。」

佐伯は、天根を覗き込んで。

「まるで、愛の逃避行だね、ダビデ。」

「ロミオとジュリエット?」

「ちょっと違うなぁ。」

「そう?」

「だって、彼らは逃げ損ねただろ?」

「俺たちは逃げ損ねない?」

「よく考えたら、逃げる理由すらないんだけどね。」

 

何から逃げているのか、わからないふりをした。

お互いに。

 

電車は静かに揺れながら、まるで二人だけしか乗っていないような

そんな時間を与えた。

 

「バネさん、心配してるかな。」

天根が少し上を見ながら言った。

年季の入ったつり革が、規則正しく並んでいる。

 

「学校さぼるなんてことなかったし、きっと心配してるよ。」

「なんか怖くて携帯の電源、入れてないんだけど。」

「俺もさっき切ったよ。」

「いいの?サエさんまで・・怒られるよ?」

「いいんじゃない?」

「何が?」

「たまには、一緒に怒られるのも悪くない。」

 

またそうやって。

笑いながら ココを突き刺す。

 

 

 

暖かい日差しが時々射して、心地よく眠りを誘う。

佐伯がゆっくりと目をつぶって。

微弱な振動に身体を任せながら、その頭を天根の肩にのせた。

 

「サエさん・・寝ちゃったの?」

小さな声で。

その声に反応しない姿をみて、少しだけ笑った。

 

隣の車両の人影もなくなり、その小さな電車すら広く感じるほどで。

それが、もうすぐ終着駅なんだとゆうことを

感じさせていた。

 

「・・サエさん・・・」

天根はまた、髪にふれた。

丁度、日差しが髪の毛を照らして。

眩しくて、目を細めた。

「サエさん・・もう、降りなくちゃ。」

車内放送で、終点のアナウンスが流れる。

走るように流れていた景色が、ゆっくりとなぞる様に。

 

つぶっているまぶたにキスをした。

そして、

今度は唇を重ねた。

 

佐伯はゆっくりとまぶたを開く。

「やだな・・・キスで目を覚ますなんて、似合わない。」

そう言って、目をこすった。

「サエさんにはぴったりだよ。」

「何言ってんだか・・」

天根は先に立ち上がり、手を伸ばした。

「お手をどうぞ、王子様。」

「・・・これはどうも。」

佐伯は一度肩をすくめたけれど、天根の手をとった。

 

ふたりは誰もいない、無人駅に下りた。

潮風が頬をくすぐる。

 

「結構、遠くまできたねぇ。」

「うん・・・」

「ダビデはここまで来たことある?」

「ない。」

「俺もないよ。」

 

子供のころに秘密基地を作って、それを共有したときの感情のような。

そんな不思議な感覚にとらわれた。

 

見上げた空は、どこまでも青く。

 

どこまでも。

 

佐伯は大きく背伸びをして、線路に下りた。

 

「危ないよ、サエさん。」

「大丈夫だよ。」

今度はダビデの方に向かって、手を伸ばした。

「帰ろう、ダビデ・・みんなが心配してる。」

その伸ばされた手をとるのをためらった。

その手をとってしまえば、終わってしまうこの時間を

惜しんだ。

 

佐伯は少し困ったように笑って手を引っ込めた。

「帰らなきゃいけないよ?」

 

そう言って、天根に背を向けた。

 

「サエさん・・っ。」

 

その背中を後ろから抱きしめた。

 

「ダビデ・・?」

強い力で抱きすくめて。

そのまま手折ってしまいそうなくらい、華奢な身体を思い知った。

 

あなたの目に映るものが

その空だけであればいいと

傲慢にも思ってしまった。

 

そして、逃げ損ねたのだと

思い知った。

vacant

END

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