それは忘れ去られた

ビン底の

赤い鍵

 

 

 

「・・・相変わらず、着替えるの早いな。」

まるで自分だけ、余韻に浸ってるような気がして嫌だった。

「別に・・いつまでも裸のままでいる必要もないだろう。」

彼は相変わらずの口調で、シャツのボタンをとめている。

先ほどまでの姿とはまったく違っていて。

それもいつものことなのだけど。

 

「雨、やんでるな。」

跡部はつぶやいた。

「あぁ・・もっと早くやめばよかったのにな。」

「それじゃ、俺がお前を連れ込む理由がなくなるだろ。」

「そんな理由、なくなったほうがいいだろ?」

 

おかしな二人だった。

それはこんな会話すら、成り立っているのにもかかわらず

そこに

先ほどまで繋がった二人の身体の記憶があるのだから。

 

それこそ手に負えない。

 

「まだ、服濡れてんじゃねぇか。」

 

跡部は手塚の肩に触れながら言った。

 

「気にするほどでもない。」

 

手塚はその手を身体をずらすことで、払った。

 

「お前・・ほんと慣れねぇな・・」

「何がだ?」

「触れられることに。」

跡部は面白そうに笑った。

 

何度か求め合っても

行為が終わったあとに触れ合うことは嫌がった。

 

現実と夢と。

区別したがるかのような、ささやかな抵抗。

 

手塚はふと、先の方にある小さなテーブルに目をやる。

真ん中にはひとつだけ、茶色の薬ビンのようなものが置かれていた。

 

「どこか具合でも悪いのか?」

「あぁ?何言ってんだ、お前。」

「いや、これは薬ビンだろ?」

 

近づいて、そのビンを持ち上げる。

 

「あっ。」

 

持ち上げた瞬間にわかった。

中にあるのは小さな鍵。

日にさらさなければ、よくは見えない。

 

「薬じゃねぇよ。」

「ああ、そうみたいだな。」

 

不思議そうにそれを見る手塚に近づいた。

 

「なぜ、こんなところに鍵を?」

「ガキの頃に、ここに隠したんだ。」

跡部はそのビンを手にとり、逆さまにしてみせる。

「隠したはいいが、口が小さくて取り出せなかったから、そのまま忘れてた。」

 

よく見ると、そのビンもだいぶ古びているような感じがした。

中身ごと忘れ去られて、きっと何年も。

それは。

 

「何の鍵なんだ?」

「あそこの小さい箱の鍵だ・・正直、何を入れてるのかすら覚えてねぇけどな。」

 

指されたテーブルの上には小さな青い宝石箱がのっていた。

「気にならないのか?中身。」

「気になるんだったら、最初から無理してでも取り出してるさ。」

「それもそうだが・・・」

「お前が気になってどうするんだよ。」

「気になるだろう、普通。」

 

手塚がそう言った瞬間。

 

先ほどまで跡部の手に握られていたビンが、重力に抗うこともなく

一直線に真下に落ちた。

 

『カシャン』

 

それはあまり派手な音をたてずに、中心のあたりから割れて崩れた。

 

「跡部・・・?」

「気になるんだろ、中身。」

 

彼はその破片の中から、鍵を取り出して手塚に抛った。

 

「お前はやることがいつも唐突過ぎる。」

「いつも?」

「いつもだ。」

「・・たとえば、お前をベットに連れ込むこととか?」

 

跡部は低く、笑った。

 

それをみて露骨に嫌そうな顔をした彼を、もう見慣れたと

思った自分に失笑した。

 

手塚は黙って、宝石箱が置かれている場所に近寄る。

持たされた鍵はお世辞でも綺麗と言えるものでもなかったけれど

古びているその風貌に少し、愛着すら感じた。

 

「開けるぞ?」

「どうぞ。」

 

何年ぶりかに開け様かとするその箱に、まったく関係ない自分の方が緊張している気がした。

 

鍵をおもむろに鍵穴に差し込んで、右側に回す。

 

「・・・・・?」

 

引っかかっているのか、鍵が回らない。

少し力を入れてみたけれど、開く気配はなかった。

 

ふと、真後ろに気配を感じて振り返る。

いつのまにか、跡部が彼の後ろまで来ていて。

 

「跡部・・・」

「それ、もう鍵が錆びてて、開かねぇんだよ。」

 

そのまま、こちらを見ていた手塚の唇に自分の唇を落とした。

 

 

 

「・・・・行くのか?」

「あぁ、また雨が降り出したらかなわない。」

 

手塚は近くにある大きめの鏡に身体をうつして、身支度を整えると

跡部の方を半身だけ振り返った。

 

 

帰りの挨拶はいつもしない。

『じゃあ』も『また』も

あまりにも不似合いだから。

 

「手塚。」

そのまま黙って出て行こうとした彼に、跡部は握っていたものを抛った。

それは先ほどの光景とまったく同じで。

渡されたのは錆びたあの鍵。

 

「てめぇにやるよ。」

「俺にこれをどうしろと?」

「いらなきゃ、捨てろ。」

 

黙って渡されている鍵を見つめている手塚に

跡部は苦笑しながらつぶやいた。

 

「鍵があっても開けられなきゃ、ただの役立たずだ。」

 

手塚はその鍵を胸ポケットにしまうと、そのまま出て行った。

 

 

その時、ふと思い出したのは

開かないは箱の前で泣き出した幼い自分。

 

開かない箱と錆びた赤鍵。

 

あの頃みたいに泣き出してしまえれば

開けることすら忘れてしまえて

触れることすらしないのに

 


「赤い鍵」
END

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